夫の正しい躾方 16話

 
 日曜日のお昼過ぎ。久々に慧君と2人で、家から車で1時間程離れた場所にある大型ショッピングセンターに来ていた。
 2人でお出掛けするなんて、本当に久し振りで……教えてもらったメイクや髪型のセットに、気合が入って1時間も費やしちゃった。
 そのお陰で、慧君の隣に立ってても見劣りしない所までいけたと思うのよねぇ〜。
 ポケットに手を入れていない腕───左腕の服の裾をちょこっと握りながら、隣を歩く慧君を見詰めていると。
「どうした?」
「うぅん。何でもない」
「ふーん? ───っと、危ね!」
 慧君が右手をポケットから出したと思ったら、私の方を掴んで自分の方へと引き寄せた。
 何が起きたんだと目を白黒させていたら、大きなお買い物カートを押した子供が私の横をスレスレで通り過ぎていった。
「ったく、危ねぇーな。親は何処にいんだよ……おぃ、歩。大丈夫か?」
「え? あ……うん。大丈夫。ありがとう、慧君」
 顔が熱くなっていくのが分かる。


 やっぱり慧君の事……すっごく好きだなぁ。


 慧君に肩を抱かれながら、そんな事をしみじみと思う。
 好きな人と一緒にいるだけで嬉しいと感じていた事もあるけれど、やっぱり、好きな人───夫にはそれ以外にも自分の事を気に掛けて欲しいし、愛情を示して欲しいと思う。
 もうちょっと周りを見て歩けよ。なんて言いながら、慧君の手が肩から離れて行くのを寂しく思っていたら、そっと、その手が背中に回される。
 慧君が足を1歩踏み出すと、背中に回された手にも力が入れられ、軽く押される形で私も慧君と同じく歩き出す。
 驚いて見上げれば、ん? と私を見下ろす慧君は、とても優しい顔をしている。
 たったそれだけの事でも、私にはとても幸せな事だった。
 超特急で行われた結婚以来……いや、それ以前にもこんな事をされたことが無かった私は、慣れないエスコートに顔を終始赤くしながら、この時は幸せいっぱいになりながら買い物を楽しんでいたのであった。
 しかし……。
 そんな楽しい嬉しい幸せ〜な一時も、慧君がとある店舗の前で立ち止まった事によって、一瞬にして消え去ってしまったのである。




「お、これいいなぁ」

 少し高級そうな外観のランジェリー店の中にいる私達。
 海外の有名なお店らしく、店員さんはギャル系のおねーさんじゃなくて、20代後半くらいの黒いスーツを着た、綺麗系なお姉さまがニコニコと笑いながら商品説明をしてくれている。
 いつもはショーツ3点セット1,500円のお買い物をしている私にとって、ショーツ1枚で11,500円……しかも、ブラだけで20,000円を超えているモノを見た瞬間、うひぃ〜!? と変な声を出しそうになってしまった。
 若干顔を引き攣らせながらまじまじと値段表を見ていると、隣で一緒に店員さんの話しを聞いていた慧君が声を上げた。
「はい、こちらは今年新作のものでして、ボディラインをきれいに見せるために補正がしっかりされておりますが、デザイン性が高く、女性の美しさを最大限に引き出した作品です」
「へー」
「また、このボトム用のマネキンには、商品のデザインを見せるためにガーターベルトをショーツの上に着用していますが、ショーツの下につけて頂いても全くデザインを損なわない様になっております」
「ふぅ〜ん」
 店員さんの説明を私より熱心に聞いている夫に、え? それって慧君が聞くことなの? と心の中で突っ込んでいた。
 そんな人、慧君以外いないんじゃ……と思って店内を見ると、意外にも若いカップルが多く、2人で楽しそうにこれがいいんじゃないか、いやあれがいいんじゃないかと話している姿や、店員さんと一緒にアレコレ選んでいる姿を見付けた。
 私の中で、女性の下着コーナーへは男は入りづらいもの、と思っていたのだが……今の世の中は違うのね。と勝手に結論付ける。
 しかし、私なんかより堂々とした態度でランジェリーショップに佇む慧君に、何と言っていいのかわからない感情を持ち始めていると。
「おい、歩」
 急に慧君に声を掛けられた。
「何やってんだよ。ほら、ボーっとしてしてないで、行くぞ」
「え、あ。はい」
 隣に立っていたと思っていた慧君と店員さんが、少し進んだ所にいて私を見ていた。
 慌てて側に行くと、笑顔が眩しい店員さんが店の奥へと私達を案内してくれて、『ここから先はご遠慮ください』と書かれたプレートが掲げられている階段の方へと進む。
 階段の端と端に掛けられていたチェーンを外すした店員さんが、「お足元に気を付けて下さい」と言いながら頭を下げる。
 一体何処になにしに行くの!? とビビる私を尻目に、慧くんはスタスタと螺旋状になった階段を上がっていく。
「いらっしゃいませ」
 階段を上がると、そこには40代くらいのいかにも出来る女と言った女性が、腰を45度傾けた姿勢で私達を出迎えてくれていた。
 女性は少し広めな個室に案内してくれると、椅子に座る私達に飲み物と色々なショーツやブラが載った雑誌を置いていってくれた。
 その際、慧君がその人を呼び止めて色々と話していたようであったが、私は雑誌に載せられている可愛らしい下着を見るのに忙しく、彼らの会話を聞き逃していた。


 そして数分後、その事を私は深く……深ぁ〜く後悔することとなる。


「お待たせ致しました」
 先ほどの女性がもう1人の店員さんと一緒に、ハンガーに掛けられた大量のランジェリーを両手に持って現れた。
 飲み物と雑誌が置かれているテーブルとは違う、近くに置いてある低い棚の上へとそれらを丁寧に並べていくと、試着する時の注意点のみ説明して「御用の際はベルを鳴らしてお呼び下さい」と頭を下げて下がって行った。
 どんなのが運ばれて来たんだろう? とワクワクしながら立ち上がった私は、数歩進んでからギョッと立ち止まった。
 そんな私を見ながら、慧君はニヤニヤ笑う。
 今、私の顔は真っ赤になっていると思うが、視線はソレから離れることはない。
 羞恥心でぷるぷると震えていると、何時の間にか立ち上がった慧君が、背後から私を囲うように抱き締める。
「おー、あの人俺の趣味を良く分かってんなぁ〜」
 人の頭の上に顎を乗せながら、慧君は上機嫌な声でそう言った。
「け……いくん?」
「ん〜?」
「これはいったい……なにかな?」
「ちょー大胆なブラとパンツ」
 いやいやいや! そこはせめてパンツではなくショーツと言ってくれ! などと現実逃避をしながら頭の中で突っ込んでいると、カリッと耳たぶを噛まれて「うひぃ!?」と声が出た。
 人の服のボタンを外していく不埒な手を掴んで止めさせようとすると、まるでソレを咎めるように耳を噛まれた。
 一瞬手の力が抜け、その隙にすパパパッと目も止まらぬ速さでボタンを外されたかと思ったら、服とキャミソールを脱がされて、ブラのホックまで取られていた。
 あまりの早業に呆気に取られていると、更にプチ、ジィィィィ、と言う音までして、下を見れば履いていたスカートが地面に落ちている。


「ブラが花柄のやつにパンツが無地のベージュ色……しかも臍近くまで隠れるおばパン。……なんつーか、お前、柄違いだとしても、もうちょっと選んで着ろよ」


 萎える。と言う慧君に、グサッと心臓に言葉の矢が突き刺さる。
 だって、こんな所に来るとは思ってなかったから、下着をお揃いにしようとか思わなかったんだもん!
 しかし、個室だとはいえ家でもない所の広い空間でショーツにストッキング、そして靴だけを履いている姿でいるのはとてつもなく心許ない。
「やだぁっ!?」
 胸を両腕で覆って蹲っていると、目をキラキラとさせた慧君が何かを持って「なぁ、これ試着してみてくんない?」と言ってきた。
 羞恥心で涙目になりながら顔を上げれば、自分が通販で買った紫色のベビードルのセクシーランジェリーなんか、まだ可愛いと思える程のモノが目の前にあった。
 固まる私にお構いなく、「ちょっと立ってよ」と言うと、手に持ったモノを鼻歌を歌いながら私に着せていく。
 はいはい、手を上げてー。足はもうちょっと開こうかー。と言われながら、私は着せ替え人形の如く言われた通りに動くだけである。
 そして───。

「こんなのやぁっ!!」

 ニヤつく顔で全身を見れる鏡の前へ連れて来られた私は、悲鳴を上げる。
「こら、隠すなよ。せっかく出してんのが見れねぇーじゃん」
「いやっ! てか、はーなーしーてぇー!」


 今の私は、胸を覆うカップ部分がスッポリと抜けた様な形をしたオープンブラと、クロッチ部分が開いている穴開きショーツ(Tバックであった)と言う、超絶セクシーものを身に着けていた。


 ブラはアンダーバスト部分のベルトが少し太めの刺繍レース(黒色)になっていて、乳房を囲む細いヒモの上部にもそれと同様の美しい刺繍レースが付いていた。
 しかし、それと同じ様なほぼ着けている意味があるのであろうかと疑問に思える穴開きショーツであるが、ベージュ色のショーツの上から履いているので遠目から見たら素肌に履いているように見えなくもないのがなんとも言えない。
「んじゃ、次はこれ」
 慧君はそう言うと、アンダーバスト部分しかない薄ピンク色のトップレスブラを持っていた。
 そして、全てがレースのフロントとバックがV字型にカットされて出来ている、サイドには2本のひも状のものが付けられていたタンガと言うショーツも一緒に持っている。
 色は可愛いが、見た目がエロい。
「ん〜……タンガもいいが、パンツは穴開きがやっぱいいよなぁ」
 ───と、まぁそんな物を何着も試着させられて、着せ替え人形になっていた私が疲れてくる頃に「よし、やっぱこれにしよっと」と言った慧君の言葉によって、この羞恥プレイは終わったのであった。
 結局は最初に試着した物と2回目に試着した物(ショーツは同色同柄の穴開きタイプにしました)を購入することになり、「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げる店員さんに見送られて出た店には、もう絶対行けないと1人心の中で涙した。



「やぁ〜、いい買い物したなぁ」
「どこがよっ! ……私は恥ずかしぃ。うぅぅ、それに、あんな着けてるのか着けてないのか分からないモノの為に、あんなに高いお金を出すなんて」
「いいじゃん、たまにはさ。歩、結婚してからそんなに物を買ったりしてねーだろ?」
「え?」
「それに、今日からの夜のお楽しみが色々と増えるじゃん?」
「け、慧君?」
「そうと決まれば、もう帰るべし」
 家に帰ったら、早速アレを着た歩にあんなコトやこんなコトもさせたいし……と、人が混雑している場所で18禁発言をする慧君に焦ってしまう。
 そんなに大きな声ではないとはいえ、恥ずかしいし、誰かの耳にもし聞こえているか分かったものじゃない。
 顔を赤くさせながら慧君の腕を掴んでその話から逸らさせようとした時、ドンッと肩に衝撃が走る。
「───っ、ごめんな、さ……」
 誰かとぶつかったらしく、慌ててその人に向かって謝まろうとした言葉が、途中で途切れた。


「いぇ、こちらこそ御免なさい。……てっ、あら、冬堂君じゃない。こんな所で会うなんてビックリね」


 ネイビー色のカシュクールワンピースを着こなし、髪をふんわりと巻いて、爪も綺麗な色のネイルをしている“アノ人”がいた。
 それは、慧君が忘れ物をした時にそれを届けに会社に行った時に出会った人でもあり……慧君の、浮気相手でもある───。


『藤咲茉帆と申します』


 慧君の忘れ物を届けた会社で出会った時、一瞬驚いた様な顔をした事。それから、とても綺麗な笑顔で自分の名を私に告げた時の、あの愉悦を含んだような表情を思い出す。
 きゅーっと、心臓が掴まれたように痛み出した。
 今までの幸せで……楽しくて……ちょっぴり恥ずかしかった気持ちが薄れていく。
 慧君は、茉帆さんと会ってどんな顔をするんだろう。嬉しそうな顔? それとも、私がいるのに鉢合わせしちゃって焦ってる?
 そんなの……どれも見たくない。と、無意識に慧君の服の裾を握り締めていたら。
「よう、藤咲。うちの歩が前を見ないでぶつかったみたいで悪かったな。大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。気にしないで?」
「そうか? んじゃ、俺達はもう帰るから、ごゆっくり」
「え……」
 私の腰を押しながら、茉帆さんの横を手を振って通り過ぎる慧君に、茉帆さんは信じられないモノを見るような顔で慧君を見詰めていた。
 急な展開に反応が遅れてしまった私は、「し、失礼します」と振り向きながら頭を下げたが……目が合った茉帆さんはその秀麗な顔を歪めて、私を睨み付けていた。
 しかし、そんな視線も混み合っている人混みで直ぐに見えなくなる。
 茉帆さんの、憎しみが込められているような視線から逃れられる事によって、体から強ばっていた力が徐々に抜けてくる。
 しかし、そんな私とは打って変わり、慧君はとてもご機嫌な顔で私の手を引いて歩いているではないか。
 茉帆さんと会えて嬉しかった……わけではなさそうである。
 何がそんなに嬉しいんだろう? と首を傾げる私であったが……それは家に帰ってから分かるのであった。




「ぃ、やぁ……っん……んん゛ぅ……」

 寝室の中で、私の押し殺したような声と、ピチュクチュ、チュッ、チュゥ。と言う水音が響く。
 少しだけ開いている窓にカーテンをピッチリと締め切った薄明るい部屋の中で、私は右膝を胸の所まで上げた状態で持ち上げられながら、背中を壁に付けて口に手を当てて必死に声を抑えていた。
 足元では、私の右の膝裏を持った慧君が跪きながら、首を伸ばして私の秘所を目を閉じながら舐めたり吸ったりしている。
 ブラとショーツを履いているのに、先程買った薄ピンク色のトップレスブラと穴開きショーツを着けているせで裸でいるより恥ずかしいし、大きな声を出せばご近所様に真昼間から何をしているか分かられてしまう。
 それだけは嫌なのに、抑えている手から声が漏れてしまう。
 くぅっと喉から音を立たせながら下を見れば───目を少し閉じた慧君が私の太腿に手を添え、少し開いた口から赤い舌を出して舐めている姿が目に入る。
 視覚と聴覚と体感で犯される。
「っひ……ぁ……ぅ、う゛ぅぅぁぁっ!」
 興奮して赤く膨らんだ突起を唇の間に挟まれながらクニクニと揉まれ、チューっと吸われ……呆気無くイッてしまった。
 一瞬体がビクビクいいなが固まり、次に一気に弛緩して崩れ落ちそうになった時、最後に割れ目を舌の表面全体を使って舐めてから体を起こした慧君に支えられた。
「どう? 気持よかったろ?」
 親指で濡れた口元を拭った慧君は、ニッと笑いながら荒い息を吐く私を見下ろしていた。
 私は力が抜けた体を慧君に凭れかけさせながら、額を慧君の肩にくっ付けてコクンと頷いた。

 はい、確かに気持よかったです。

 今もアソコがきゅんきゅんとしてるし、奥からトロリとしたものが流れて来て、太腿を濡らしていた。
 フッと笑った慧君に横抱きにされたと思ったら、そこから直ぐ側にあるベッドの上に降ろされた。
 そして慧君もベッドをキシッときしませながら乗り上げ、私を自分の腕の中に囲い込む様にして組み敷いた。
 額に瞼、鼻の頭に頬、唇、そして首筋にキスが降り注ぐ。
 首筋を吸い上げてから顔を徐々に上げ、耳の輪郭を舐められた時───。
「っは、ぁ……あ、ゆ……」
 慧君の熱い吐息と共に呟かれた言葉から、あの時の事を思い出してしまった。


『うぅ〜ん……ま、ほ……』


 寝ぼけた時に呟かれた言葉と、今、熱い吐息と共に呟かれた言葉が重なる。
 そう思った瞬間、どうしてもこれから先に進む事が出来なかった。
「……ちょ、ちょっと待って慧君」
「あゆ?」
 これから始まる展開を急に止めた私を怪訝な表情で見下ろす慧君の身体の下から抜けだし、私は濡れた股間をなるべく意識しないようにしながらベッドの上で正座をする。


「慧君に、ちょっと聞きたいことがあるの」
 

 いつになく真剣な表情で───しかも、今までの流れを止めてまで話そうとする私に、ちょっと不機嫌な表情をしつつも、慧君も私の目の前に正座をした。
「なんだよ、話って」
「うん、それは……」
 ゆっくりと深呼吸をしながら、私は慧君の目を見ながら口を開いた。




「藤咲茉帆さんのことについて……聞きたいの
 

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